クロガネ・ジェネシス

第6話 武大会開催
第7話 その名はマックス・ジョー!
第8話 アールの実力
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第一章 海上国家エルノク

第7話
その名はマックス・ジョー!



『観客の皆さん、元気ですかーーー!!』
 次の日。第2回戦が始まる2日目。相変わらずテンションの高いアナウンサーの声に会場は沸き立つ。
『今回、エルノク王が注目する対戦カードは3つ! 1つは、第1試合でその高い戦闘能力を見せ付けた、クロガネレイジ対、流星の如く現れたスター、マックス・ジョー! もう1つの対戦カードは、数少ない女性拳闘士、ネレス・アンジビアン対、相手の攻撃をゆらゆらと交わす謎の先方を取る、シャンパーユ・プロイツェン! そして最後の1つが、凄まじい巨体を揺り動かし、圧倒的なパワーで対戦相手を血の海に沈めたテンパランス・エルヒガンテ対、全てが謎に包まれた仮面の女性拳闘士、ミスアールだぁ!』
 エルノク王が注目する対戦カードを公開するのには理由がある。それは王が注目するということで、観衆に少しでも興味を持たせるためだ。
 そしてエルノク王が注目するということは、それなりに実力がある人間同士の対戦カードでもあるということだ。そうすると観衆はより強いもの同士の戦いを見ることが出来るということで興奮するわけだ。
 コロシアムの後ろ、誰もいないところでレットスティールに左腕の交換をしてもらいながら零児は次の対戦相手のことを考えていた。
 ――マックス・ジョー……どんな相手なんだ?
 零児は第1回戦の第2試合を見ていない。それゆえマックス・ジョーの情報が何もないのだ。
「次の対戦相手が気になるって顔をしてるな?」
 レットスティールが零児の左腕の義手を交換し終えてから口にする。
「出来たぞ。今回のは昨日とまったく同じ性能のものだ。で、昨日この義手を使ってみての感想はどうだい? 今のままでいいのか、それとも改善して欲しいところがあるのか、はっきり言ってくれるとありがたいんだがな」
「あ、ああ。気になったところが2点ほど」
「言ってみな」
「まず強度。俺の新技を本気で使ったら衝撃で義手が壊れる可能性がある」
「骨が折れるってことか? 安心しな、本格的に結合された義手はもうあんたの左腕そのものだ。普通の人間と同じように添え木を当てたり、ギプスで固めて治療すれば勝手に治るさ」
「そうじゃない。俺の技をある程度安全に使うために強度が必要なんだ」
「分かった。ならもう少し頑丈に出来るよう作ってみよう。もう1つは?」
「これは可能であればでいいんだけど、魔力の流れが生身より遅い。出来ればもう少し早くしてくれるといいんだけど」
「生身に近いったって、義手であることは変わらないからね〜。人間の魔力で義手を動かしている以上、魔力の供給が魔術発動のために不足するのはやむを得ない。が、それも要望とあらば何とかしてみよう」
「ありがとう。レットさん」
「あんたは依頼主だからね。それよりもちゃんと決勝まで駒を進めるんだよ?」
「分かってますよ」
「それと、マックス・ジョーについてだが」
 レットスティールは次に零児が戦う対戦相手の情報を伝えるためにさらに続ける。
「奴はある意味アルテノスにおいて英雄と称される男だ」
「英雄?」
「そ、英雄。だから人気は凄く高い。そして何よりタフだ。消耗戦は避けたほうがいいかもしれないね」
「なるほど。分かった。じゃあ、そろそろ俺は行きます。色々ありがとうございました」
「ああ、勝ってこいよ」
 レットスティールは試合に向かう零児の後姿を見つめていた。

『キャーマックスーーーー!!』
『今年は優勝だー! 勝ってくれマックスーーー!!』
 戦いが行われるリングに上がって、零児は絶句した。
「へ〜イ諸君! ありがとう! 俺様は勝つぜ〜! みんなのために!」
『ワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
 マックス・ジョーと言う男は、緑色のパーマがかかったロン毛をファサっと書き上げる仕草をした。
「こ、濃いなぁ〜……」
 零児は若干引いていた。
 周りからの黄色い声援は別にいい。問題はこの男そのものだった。
 赤茶色のジャケットのボタンを締めず、見事に6つに割れた腹筋を惜しげもなく見せている。今にもボディービルディングでも始めそうな勢いだ。アゴはこれでもかといわんほどに割れ、ヒゲはきれいに剃《そ》っている。髪の毛は緑色のロン毛でパーマがかかっている。多分染めているのだろう。
 年齢は多分3〜40台。立派な中年オヤジだ。さらに全身日焼けしている。
 濃い! あまりにも濃い!
 ――こ、こいつがアルテノスの英雄……?
 なぜそう呼ばれているのかはまったく分からないが、なんとなく強そうな気がする。
「ヘイ少年!」
 マックス・ジョーは零児を指差す。
「人を指差すな!」
「まあ、そう言うなよ少年!」
 マックスジョーは零児の突っ込みを、意に介することなく続ける。
「少年は今回初参加なんだろう?」
「あ、ああ……」
 ――何を言い出すんだこのおっさんは……?
「ならば!」
 マックス・ジョーは続いて両手を広げる。
「このマックス・ジョー様がこの大会の厳しさを教えてしんぜよう! 初参加の者が勝ちあがれるほどこの大会が甘くないってことをね!」
「でかすぎるお世話だ……」
 体はかなり鍛えられている。レットスティールが言ったとおり、かなりタフに見える。
『それではこれより! クロガネレイジ対マックス・ジョーの試合を始めま〜す! では、試合開始ぃ!」
 試合開始と同時に零児は瞬時にマックス・ジョーとの距離を縮めた。
 ――消耗戦がキツイってんなら……!
 豹の如き俊敏さと速さで跳躍、マックス・ジョーへと跳んで行く。
 ――開始早々、蹴りをつけるまで!
 右足を伸ばしきり、マックス・ジョーの胸元へ跳び蹴りを放つ。
「おりゃああああ!!」
 零児の跳び蹴りはマックス・ジョーに直撃した。
 しかし、マックス・ジョーは涼しい顔で零児の蹴りを、その胸板で受け止めていた。
「少年……まだまだだな……」
「い!?」
 零児は即座に胸板を蹴って宙で1回転、地面に着地する。
『ちょっとぉ! マックス様になにするのよ!』
『これでも食らいやがれぇ!』
「ええええ!?」
 途端、零児に向けて実に様々なごみが飛んできた。
 中身の入った酒瓶、中身の入った紙コップ、ベルトの金具、生卵にトマト(!?)。
 そのうちトマトが頬に直撃し、零児の顔を汚した。
『観客の皆さん! どうかごみなどを会場に投げ込まないでください!』
 アナウンサーが観客を制止する。それを聞いてかはたまた気が済んだからか、ごみはそれ以上投げ入れられることはなかった。
 零児は唖然とした。言葉が出てこない。
「ハッハッハ! 少年。トマトの化粧が似合っているぜ!」
「……………………」
 未だに零児は呆然として言葉が出ない。
「今度はこっちから行くぜ!」
 マックス・ジョーが駆けてくる。そして右の拳を構え、零児に向かって繰り出した。
「……!」
「グゥレイトォ!」
「おっととと……!」
 しかし、零児はそれを難なく交わした。ネルの拳に比べたらこんなもの止まって見える。素人が型も何も見につけていない状態で適当に繰り出した拳のようだ。いや、多分そうなのだろう。
「やるな少年! だが俺は負けられんのだ! これでも食らうがいい!」
「!」
 マックス・ジョーは再び走り出す。そして、零児の眼前までやってくると、低めの跳躍をし、ドロップキックを零児に向けて放った。しかし、やはり大したことはない。当たれば痛いかもしれないが、そもそも当たる要素が見当たらない。回避は容易だ。そもそもドロップキックと言うのは隙だらけの技だ。
 ――コイツどこが強いんだよ!?
 動きは隙だらけ、拳には威力などと言うものはなく、ドロップキックは使うこと自体自殺行為だ。そしていずれも回避は容易。それだけで判断するのも危険だとは思うが、あまり強いとは思えない。
『てめぇ! 交わすんじゃねぇ!』
『そうだそうだ! 負けちまええええ!!』
 再び観客の罵声と様々なごみが投げられる。
「えええええ!? 何でだよ!?」
 そのうちの1つ、酒瓶が零児の左肩に当たり、砕け散り、零児の体をアルコールで濡らした。
「いてぇええええ!!」
 流石に痛かったのか、左肩を掴み、うずくまる。アルコールの臭いが零児の鼻を刺す。
「ハッハッハッハァ! どうした少年! その程度かぁー!」
 ――あんたに言われたくねぇよ!
 この男がこんな大会に参加して、なぜこれだけの人気があるのか、凄まじく疑問だ。何より疑問なのは、この男が第1回戦を勝ち抜いたことだ。これはおかしい! ありえない!
「じゃあ、今度はこちらから……」
「いい加減にしろおお!!」
 零児は半ばキレ気味に突進し、マックス・ジョーの腹に拳を叩き込んだ。
 しかし、1発では終わらない。
 さらにアッパーカットをかまし、アゴを殴り上げる。さらにみぞおちを狙って拳を叩き込んだ。
「うっぐう……」
 零児はさらに高々と跳躍し、体全体で回転し、かかと落としを決める。
 頭蓋に直撃した零児のかかとによってマックス・ジョーはフラフラと体を揺らした。しかし、倒れない。
「フッ……フフフフ……。やるじゃないかボ〜イ!」
「頼むからその怪しい笑みをやめてくれ、怖すぎる!」
『マックス様に何するのよぉー!』
『死ねええええ!!』
 またもごみが飛んでくる。これで3回目だ。
「やべ!」
 零児は直撃を避けるためマックス・ジョーの巨体を盾にした。すると……。
「ごぁっ……」
 マックス・ジョーの額に酒瓶が命中した。昏倒するマックス・ジョー。観客もそれ以上ごみを投げるのをやめた。
 気まずい沈黙が訪れる。するとどこからともなく、審判らしき男が舞台に上がってきてマックス・ジョーの顔を見る。誰が見てもわかる。マックス・ジョーは気絶していた。
 審判は零児の右手を掴み、高々と上げた。
「マックス・ジョー選手は昏倒。この試合、続行不可能と見なし、クロガネレイジの勝……!」
 と、その時だった。
『いやーーーマックスーーー!!』
『立ってくれマックスーーー!!』
 マックス・ジョーのファンがざわめいた。次の瞬間。
「ム〜〜ン!!」
「うわああああ!!」
 零児の右手を掴んでいた審判はそそくさとリングから降りていった。零児はこの世のものならざるものを見たかのように驚愕している。
「フンフン〜ンフ〜ン! 私に敗北はない! 少年! 私はどうやら『チミ』を甘く見ていたようだ!」
「チミって……」
「もう手加減はしない。私の全力を見るがいい!」
 マックス・ジョーが両手を広げて零児に掴みかかろうとする。
「――――――ゾクッ!」
 零児は言い知れぬ悪寒を感じ、慌ててそれを回避した。
 なぜかは知らないが、凄まじく嫌な予感がする。零児の本能が告げる。あの腕に捕まってはならないと。
「ハッハッハッハコ〜イツゥ!!」
「恋人と追いかけっこでもしてるかのような声を上げるのはやめろ! 気持ち悪い!」
「ハ〜ッハッハッハ!」
 両手を広げたままなおも接近しようとする。
 ――やべえ、怖い! 色んな意味で怖い!!
 相手は零児の蹴りを胸板で受け止めた男だ。下手な接近は命取りになる。それゆえに、どうしようか考えていた。
 即ち接近しないで勝つ方法を。
 ――って魔術が使えない時点で無理じゃん! 飛び道具も禁止だし、どうするよ!?
「お〜い待ちな〜!」
「誰が待つかぁ!」
『マックスー! 頑張ってーーーー!!』
『そうだ! そんなチンチクリンやっちまえーー!』
「チ、チンチクリンだとぉ!?」
 それは零児にとってもっとも言われたくない言葉だった。
「なろー! 埒が開かない! なら!」
 零児は逃げ回るのをやめた。そして、先ほどのように俊敏に、豹の如き速さでマックス・ジョーに接近する。
「もう一丁! 食らえぇ!」
 零児の蹴りが今度は胸板ではなく、マックス・ジョーの顔面に向かっていく。その蹴りは見事にマックス・ジョーの顔面を直撃した。
「どうだ!」
「まだまだだな少年……」
「しまった!」
 マックス・ジョーは自分の顔面を踏みつけている零児の足を右手で掴んだ。
「う、うわ、うわ、うわ、うわ!」
 バランスを崩し倒れそうになる。次の瞬間、マックス・ジョーはその手を放した。
 そのまま落下していく零児の体はマックス・ジョーの目と鼻の先にあった。
「フン!」
 そして零児の体はマックス・ジョーの両腕の中に入り、強烈に締め付けを始めた。
「うううあああああああああ!!」
 全身を強烈に締め付けてくるマックス・ジョーの両腕。
「ギブアップしろ! そうすれば骨を折らないでやろう!」
「あ〜ん誰がギブアップするかよ!」
「強情な奴だ……」
 さらに締め付ける力が強くなる。
「あああああああああああああああ!! く、くそ……! の野郎!」
 零児は自分の額をマックス・ジョーにぶつける。筋肉だけでは飽き足らず、頭蓋まで硬いのか、マックス・ジョーは中々うめき声を上げない。
「この、この、このぉ!!」
 しかし、零児は諦めない。何度も額をぶつけて脱出を図る。
 それでもマックス・ジョーは両腕の力を緩めない。
「少年……私の勝ちだ……!!」
「いや、だね……!」
 頭突きが効かないとならば、別の手を試すまで。零児は思いついた。この状態でも攻撃できる人間の、特に男の急所があることを。
「食らえ!」
 零児は自らの右足を動かし、マックス・ジョーの股間を蹴り上げた。
「うぐっ!」
 マックス・ジョーがそこで始めて呻いた。
 ――流石に股間までは鍛えてないか!
 そう思った瞬間、零児は再び股間を蹴り上げる。
「ぐっ」
 2発目
「うっ」
 3発目
「おのれ……!」
 そして4発目
 幾度も蹴る中でどんどんマックス・ジョーの顔色が悪くなっていく。
「もう1発!」
 さらに5発目。
「ぐあああおおお!!」
 5回目の急所への蹴りで、マックス・ジョーは零児を解放した。
「ぷはぁ! ハァ……!」
 締め付けられていた分、空気を肺に吸い込む。しかし、休んでいる暇はない。
 マックス・ジョーに向かって走り、顔面を強く蹴る。股間を抑えているため、マックス・ジョーは防御できない。
「おのれ……!」
「まだまだぁ!」
 マックス・ジョーをみぞおちへの攻撃で無理やり立ち上がらせ、さらに間髪入れず割れた腹筋に拳を叩き込む。
「グウッ! ウッ! オアッ!」
 零児の拳が命中するたびに、マックス・ジョーは呻き声を上げ、後退していく。
「これでぇ……ラストォ!!」
 零児は最後にマックス・ジョーの右ひざに左足を乗せ、その右ひざを蹴った。同時にマックス・ジョーのアゴを、零児の右足が蹴り上げた。
 世に言うサマー・ソルトという奴だ。
 蹴り上げた右足が三日月を描き、見事に着地する。
「う、うわ、うわ、うわ、うわ、うわあああああああ!!」
 マックス・ジョーの背後は場外。奇跡でも起きない限り、マックス・ジョーの敗北はこれで確定だ。
 そして、マックス・ジョーの巨体が場外に沈んだ。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
 零児は息を切らせてその場に膝をついた。
「か、勝った……!」
『第2回戦、第1試合! クロガネレイジ選手の勝利ーーー!」
 会場の一部が沸いた。それはマックス・ジョーを応援していない普通の観客達だった。
 ――お、恐ろしい相手だった……。
 零児は息を切らせてそんなことを思った。

「なんていうか……凄い相手だったね……」
「ああ、色んな意味でな……」
 零児は控え室にいたネルとそんな会話を交わした。
 何より脅威だったのはマックス・ジョーの最後の攻撃と、観客からの攻撃だった。
「まさか観客まで攻撃してくるなんて……とりあえず、顔洗って、あと着替えがしたいぜ」
 零児は自分の格好を改めて見てみた。顔にはトマトの汁がついており、服はアルコールで濡れている。早く洗濯してシャワーを浴びたい。
「そうしたほうがいいよ。私の試合なんか見なくてもいいからさ」
「ああ、そうする。じゃあ、頑張れよな」
「うん」
 零児は控え室を出た。
 顔は適当に水道を使って洗えばいい。問題は服だった。
 ――流石に1回帰る必要があるなぁ……。
 零児は1度宿に戻ることにした。
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